DO IT ! 自己創造

 青年期の課題としての≪自分探しの旅≫にこだわりつづけ、自分探しの旅をみんなで共有し、サポートし、学び合って相互に自己創造の道筋を開示して行きます。

2017-11

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げってん☆涙の泉

 懐かしい言葉を聞いて涙してしまった。ほんにイヤシの力まで持っているBLOGなんだね。涙は心の泉。地下水脈に眠っているこころに触れると泉のように涙はあふれ出してくるのです。ナミダ、ナミダ、ツナミダ!!愚仁ギャグ。津波は自然の威力を人に思い出させてくれた。涙は心の泉を人に思い出させてくれる。しゅんさんのBLOGはその水脈に触れてあちらこちらに心の泉を湧出させてくれている。涙なしには読めないよ。
 退職して、新生1歳の夏、魔呼があんたの出発点だから豊前へ行ってみようよ、とすごい提案。過去を見失って明後日ばかり見ている愚仁の発想にはない。すぐのってしまった。 30余年の歳月を見せつけられたものだ。最初の下宿を探し出せなかった。魔呼は井上さんという家主さんの名前から何があったかにがあったと泉のように記憶を蘇らせる。「へえぇぇ、そんなことがあったん」とひとつひとつ感心する。けれど、記憶はなかなか蘇らない。記憶抹殺装置が仁の海馬には仕掛けられているのかもしれない。2個目の下宿もなかった。見いだせなかったのかも。三個目の職員住宅は荒れていたけれどまだ人も住んでいて昔のままに存在した。側を大きな新道が突っ走っていた。

 「筑豊弁手ほどき」くれはやししゅん   

夕方になって、「げってんへ行ってみようよ。あるはずないけどね・・・」と魔呼がいう。魔呼お気に入りの天ぷら屋さんだった。もうずいぶんのお年だったろうけど、そこの親父さんがげってんだった。店の名前がげってんで、親父さんがげってん。無口で愛嬌悪いのに好感の持てる親父さんだった。仁の親父によく似ていた。顔じゃなく、げってんが。柳川ではげってんを、「じゅうげもん」という。仁の親父は村でも有名なほどじゅうげもんだった。「あんたはおじいちゃんの10倍くらいじゅうげもんやけんね」と魔呼に言われ続けてきた。鬱の魔窟を内面の蔵している人間はじゅうげもん、げってんなのだ。中津駅がすっかり変貌していて、表も裏も分からなくなっていた。新しい10号線から駅に向かったのでその変身ぶりにビックリ仰天。長いあーケドのイメージの駅前がなく新ビルの林立。開発でなくなってしまっていると諦めた。少し市内を回って宿を探そうとして気づいた。アーケード街は東口なんだ!仁の珍しい閃き。そしてアーケード街は存在した!なれど、「げってん」はなかった。ほとんどが新装、改装して面影がない。諦めて帰り際、アーケード出口で掃除していたおばさんとおじさんに「げってんという天ぷら屋さんが昔ありましたけれど、ごぞんじありませんか」・・・おばさんがおじさんを振り返って「げってんだって。いつごろやったかね・・・」「もうだいぶまえやな。しばらく息子さんが後継いでいたけどね・・・」そしておじさんもおばさんもげってんの親父さんのことを懐かしげに思い出して話してくれたのでした。げってん、じゅうげもんだったお人柄を。
 豊前は老仁の第二の古里でした。ここで部落解放運動に出逢って<仁>が誕生したのでした。遅い第二の誕生です。以来ひたすら<仁>にならんと生きてきて、中途半端の反復で、今では廃仁になってしまったのでした。でも、廃仁ながら、げってんの部分はまだ生き残っているようです・・・。
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